音は物理現象ですから、楽器も物理学的な原理に基づいています。 古典的楽器は「叩く」、「こする」、「吹く」といった物理現象から音を発生させています。また、電子楽器は電気による発音機構を用いていますが、電磁気学も物理学に包含されています。 しかし、理科の時間では生物学や化学など、物理学とは異なる内容の授業もありました。こうした広い意味での「自然科学」の知見を、楽器の発音機構の中に導入できないものでしょうか? そのひとつの試みが、2004年に行ったソロコンサート「音楽の条件」で発表した「Dangomusic」なる作品です。 ここでは、 ダンゴムシが二匹入った箱を上からカメラでキャプチャし、その位置座標に基づいて音楽を発生させるというものになっています。いわば、生物学的な乱数機構を備えたアルペジエータとして機能しています。 このたび、この「生物学の導入」に続く同様な試みとして、化学の要素を導入した楽器 「泡音リズム [awa-odo-rhythm]」 および 「pHテルミン」 を開発し、実演を行いました。
一般に、化学反応は一方向的なもの(A→B)とされていますが、AとBの二つの状態間を行ったり来たりする「化学振動現象」というものがあります。近年、心臓の鼓動のリズムも、この化学振動現象が根底にあるということがわかってきています。 右図は、鉄・リン酸・過酸化水素水を特殊な条件に設定した化学反応の例で、周期的なタイミングで泡が発生していることがみてとれます。 この音をコンタクトマイクで集音すると、一定周期のリズムが得られます。周期は溶液のpHや温度で変化します。 さらにこの音をBPMカウンターで取得すると、テンポが得られます。MIDIゲートを使用し、このテンポに同期して16音符/32分音符の細かい周期で音を通過/遮断を制御すれば、他のビーカーから発生する定常的な泡にもリズムを刻ませることができます。 定常的な泡の発生には、入浴剤やドライアイス、そして口に入れるとパチパチとはじけるお菓子など、日常的に入手可能な物品を用いています。
テルミンとは、手とアンテナの物理的な距離を音高に変換する楽器であるといえますが、これと同様に、「溶液の水素イオン指数(pH)を音高に変換する楽器」としてpHテルミンを開発しました。 pH計測にはガラス電極法(ガラス電極と比較電極間に生じた電位差を計測する方法)を用い、ガラス電極・比較電極・温度補償電極を一体化した複合電極を用いています。この電位差をそのまま音の高さに変換しています。 マッピングについては、pHが高くなるほど(すなわちアルカリ性なほど)音が高くなるように設定しました。 上図のようにpHの異なる溶液を入れた試験管を並べることで、異なる音階を出せるようにしています。
これらの化学楽器を用いたライブコンサートを、明和電機プロデュースによるイベント「eAT '07 世界オモシロ楽器ショー in金沢」 にて行いました。(2007.01.26) ソニックヘッドで五拍子音楽のための作曲ツールの開発を行っていることもあって、 「泡音リズム [awa-odo-rhythm]」については、周期を五分割して五拍子のリズムを発生させるように致しました。 また今回の 「pHテルミン」 については、 「泡音リズム [awa-odo-rhythm]」からのテンポ情報に同期したLFOで音に揺らぎがかかるようになっています。 現時点で、 「泡音リズム [awa-odo-rhythm]」 および 「pHテルミン」 の製品化および販売予定はございませんが、今後もこうした実験的な試みを通じて、音楽制作業界に新しい風を吹き込んでいければと考えています。